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俺の退職理由

2021年12月13日

この記事は 目黒ワンニャンパーク Advent Calendar 2021 13日目の記事です。

僕は一般的な社会人より転職回数が多いので、転職活動で必ず「今までの退職理由を聞かせてくれ」と言われます。
しかしそろそろ1社目の頃の記憶とかがなくなりかけているので、目黒ワンニャンパークの皆様への自己紹介も兼ねてブログにしたためておくことにします。

1社目

1社目はシンプルに残業代が出なかったので退職しました。

給料は月給20万円くらいでみなし残業代が45時間分くらい含まれていたんですが、何を勘違いしたか社長が「残業代は全て給料に含まれているので追加の残業代は払えない」みたいなことを言っていました。
19時くらいに「明日朝10時公開で!」みたいな仕事が来て早朝5時くらいまで作業したり、個人の電話番号を社長が勝手にクライアントに教えて意味不明な鬼電がかかってきたり、人生で初めてポールダンスのショーに連れて行かれたり、クライアントの接待に同行したら社長とクライントの上司だけタクシーで帰ってクライアントの部下の人と二人代々木駅に取り残されたり、請求書をたくさんFAXしたり、とても素晴らしい職場でした。

2社目

2社目の退職理由は2つあります。

1つ目は残業時間が長すぎたからです。

僕が在籍していた時期はちょうど会社の拡大期で、人数のわりに大きな案件が増えていました。
そのためみんなめちゃくちゃ残業してました。僕はほぼ毎日朝10時から終電まで働いていて休日出勤もけっこうありましたね。
一番多くて120時間くらい残業してました。
案件はどれも面白かったし一緒に働いていたエンジニアの人たちはとても優秀だったのでもう少し長く在籍していたかったんですが、残業時間が改善される見込みもなく、大学をうつ病で退学したこともあり心身が健康なうちに退職することを選択しました。

2つ目は受託制作の仕事に限界を感じたからです。

受託制作の仕事では納期が最重要です。なのでエンジニアにはいかに早く80点くらいの実装ができるかという能力が求められます。
また開発したウェブサイトはほとんどが使い捨てられ、継続的に改善されるものはごく少数です。納品したときに納得できていない点があっても、お客さんから依頼がない限り手を出すことができません。
僕は自分が開発したウェブサイトに愛着を持つタイプの人間なので、それが非常に苦痛でした。自分にはこの業界は向いていないなと思いました。

3社目

3社目は新規事業が失敗してしまった&給料が安い&組織に対する不満が募ったことが原因で退職しました。

僕は新規サービス立ち上げプロジェクトに参画していたのですが、このサービスが大失敗しました。僕が在籍していたときのアクティブユーザー数は0です。
このサービスは自社のPR目的という側面もあり、当初から誰のためのサービスなのかぼんやりしていました。それが災いして誰にも刺さらないサービスになってしまったわけです。
またこのプロジェクトの進行に関しても様々な問題があり、度々社員と社長が衝突していました。(プロジェクトの決定権を持っているのが社長だったため。)
そしてサービスの失敗をきっかけにプロジェクトの開発メンバーの2/3が一気に退職することとなりました。

一応退職しない選択肢もありましたが、ただ生きているだけのサービスを一人で運用しなければならないことは明白で、あまり魅力的ではありませんでした。
それよりも自分よりも優秀な人がたくさんいて自分自身が成長できる環境で働きたい気持ちが強かったと思います。

4社目

4社目は自分のコントロールできない部分の問題が大きくなりすぎたことが原因で退職しました。

この会社はいろいろと組織・経営的な問題が積み重なった結果メンバーが大量に退職してしまい、意思決定するポジションに就いていた人たちも辞めてしまいました。
その結果、プロジェクトメンバーの誰も何も決められない状態が発生し身動きが取れなくなってしまいました。
何も決まらないので当然何も計画が立てられず、いつ何があるかわからない、自分で何も決められないモヤモヤした状況に耐えられなくなり退職しました。

何も身動きとれないことへの焦りもあったと思います。
周囲の同年代の人たちが様々な挑戦をしていること目の当たりにして、自分も何か挑戦できる環境に身を置きたいなと思っていた部分もありました。
たぶん僕が40歳前後とかだったら退職しなかった気がします。

5社目

5社目は適応障害になってしまったので退職しました。

フルリモートになり、職種もUIデザイナーになり、シンガポール人と一緒に仕事をするようになり、英語を仕事で使うようになりと、環境の変化がいろいろありすぎて知らぬ間にとてもストレスを抱えてしまったようです。
社長とデザイン周りの意思決定でうまくコミュニケーションできなかったことも大きかったかもしれません。
幸い早めに病院にかかり休職することができたので、いまのところ順調に回復しています。
もう少し長く在籍していたかったですが、適応障害は環境が大きな原因となって発症する精神疾患なので、小さいスタートアップに復帰するのは難しいだろうということで退職に至りました。

まとめ

この記事があまり更新されないようがんばります。

明日はJONさんの記事です。

takanorip

digital design engineer. X: @takanoripe