役割と越境とマネージャーと
2025年11月10日
僕は「越境しよう」と言うやつが嫌いだ。
越境したがる人に限って自分の役割をきちんと達成できていないことが多い。まずは自分に期待されている役割を100%、120%、全うすること。これが一番前提にあるべきだ。
そもそも越境はしたくてするものでも、期待されてするものでもない。目的から逆算してアクションした結果として「越境してしまう」ものなのだ。越境すること自体を目的にするな。解決したい課題、目指したい理想状態、必要なアクションを整理することが最優先で、その結果越境しなくても良いならそれで良い。
というか越境なんてしなくてもいいものだ。越境せずに組織がまわるならそれが一番良い。みんながみんな自分の得意なことだけやっていればうまく進んでいくというのが理想的な環境ではないか。それができないから渋々越境して得意ではないことも頑張っていこうねということではないのか。越境を推進する前に、越境なんてしなくてもちゃんと仕事ができる環境を整えようとするのが筋なのではないか。
役割に縛られてはいけない、というのもおかしい。「〇〇はデザイナーの役割ではないでやりません」というのは正しいリアクションだと思う。そのうえで〇〇をデザイナーがやるべき正当な理由があるのであれば、それをデザイナーの役割・責務に追加すれば良いだけの話だ。要するに役割に縛られるのが悪いのではなく、固定観念に縛られるのが悪いのであって、役割を状況に即してアップデートできていないのが悪い、ということだ。これはマネージャーの怠慢であるとも言える。
そもそも役割を定義しなければ適切な組織運営ができない。役割を決めないほうがいいと言っている人は、エンジニアがいるのにプログラミング経験がない別のメンバーにコード書かせることが本当に良いことだと思っているのだろうか。役割が決まっているから仕事を割り振ることができ、責任の所在を明確にでき、仕事を評価することができる。
自分の仕事を守ることだって悪いことじゃない。誰しも自分の評価が大事だ。デザイナーがいるのになんでデザイナーではない人がデザインをするんだ、という気持ちになって当然だろう。専門職なんだから専門領域に集中したいと考えるのは至極当然のことじゃないか。これもマネージャーの怠慢だ。もしチームの目標達成が一番大事だと思うなら、それをきちんと評価項目に組み込めば良い。自分の役割にない仕事が自分の評価にどう関係してくるのかを明確にする。それをせずに「目標達成のためにサポートし合いましょう」というのは少々都合が良すぎるのではないか。
越境が好きな人はアジャイルとかスクラムに慣れすぎてしまった人なのかもしれない。メンバー全員が全体最適に動くことが良いことだと思いすぎている。そんなことないんじゃないか。個々人が100%のパフォーマンスを発揮できればチームとしてのパフォーマンスも最大化するはずで、それを実現するのがマネージャーの役割なのではないか。越境とか全体最適とか言うことでマネージャーが楽しようとしてないか?
そんなことを考えつつ、全部マネージャーが面倒見るのも難しいし人手だって足りているわけじゃないし人件費は抑えたいしで、メンバーが越境していろんな仕事をやってくれたら良いよなあとも思うわけで。難しいね。
なんてことを色々考えてしまうのでした。ということで、みなさんはどう思いますか?